やたいち日記


食材日記です
by yataiti1gou
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竹鶴

『蔵の歴史』


江戸時代の街並みを残し、安芸の小京都といわれている広島は竹原の竹鶴酒造。

日本のウイスキーの父と称される竹鶴政孝の生家としても知られているこの竹鶴酒造は、

古くから製塩業と酒造業が盛んな竹原にて、元々『小笹屋』の屋号で製塩業を営んでおりました。

当時、高級品であった塩は北前船に乗って遠方に運ばれ街は潤いおおいに発展しました。

小笹屋は製塩業が夏季の稼業ということもあり、

冬季の稼業として酒株を得て現在に至る酒造業を始めました。

現在の『竹鶴』という酒名は、江戸後期に裏の竹藪に鶴が飛来して巣を作ったことを

「古来、松に鶴と聞くも、竹に鶴とは瑞兆なり」と喜び号されたそうです。


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時代が変わり、塩があちこちで作られるようになると製塩産業が陰り始め、

昭和30年代、製塩業を廃業し酒造業一本に専念。

大正時代には50件もの酒蔵がひしめき、銘醸地である西条を凌ぐ酒の産地でしたが、

現在残っている蔵は3件、歴史を伝える数少ない竹原の酒蔵となりました。



『現在の竹鶴』

現在の竹鶴酒造は、14代目蔵元の竹鶴敏専務と、

神亀酒造で修行をされ、竹鶴酒造に移られた石川達也杜氏が中心となり、

「酒造りの根本に立ち返り、自然の恵みを生かす酒造り」を理念に醸されています。

竹鶴酒造では農家と一体となり、

毎年の米の出来具合を見ながら酒造りの設計をしています。

原料米には、竹原市内の朝日山という山の山麓の宿根(すくね)地区と、

竹原市から少し離れた高地にある加茂郡大和(だいわ)町、

そして隣の東広島市の北にある加茂郡福富町で「雄町」の契約栽培を行っております。

これは農と醸との連携を密にして、よい米を作り、よい酒を醸すことが、

循環型農業として日本の酒文化を作っていくのではないかとの思いから、

石川達也杜氏が提唱したものだそうです。

しかし、天候不順や災害に当る年もあり、それ程簡単に良い米が実るわけではありません。

ですがそのような条件の良くない年でも、

その年にできた米で、その年の小笹屋竹鶴を醸す。

愛情いっぱいに育てた米は、何があろうと大事な米。

その米の良さを自然とともに最大限に引きだしてやる。

まるで我が子を育てるかのように。

ですから辛口に仕上げようなどと狙って酒をつくっていません。

日本酒度や酸度はあくまでも出来た酒の結果としての数値。

その分ゆっくりと休ませ、熟成期間を調整することで飲み頃を見定めています。

このように自然との対話から生まれる竹鶴酒造のお酒は、

しっかりとした酸と熟成による深い味わいを持ち、腰のあるしっかりとした酒質となっています。

冷やはもちろん、燗上がりの酒として酒席を楽しませてくれます。

近年では酵母無添加による昔ながらの生もと造りにも力を注いでおり、

21年からは蔵に保管されていた大きな木桶を復活させ、

酒造りの原点でもある木桶仕込による生もと造りも行っています。

また「鑑評会」への出品を考えることよりも、

造り手自身が自ら納得できる酒を造るのが本来のあり方と、

現在、鑑評会への出品は行っていません。
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by yataiti1gou | 2012-10-19 01:45 | 日本酒
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