やたいち日記


食材日記です
by yataiti1gou
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たかやしろエステートブラン

信州中野は志賀高原の麓にある『たかやしろファーム&ワイナリー』

標高350~420mに6ヘクタールの自社畑を持ち、

4人の専業農家が栽培したぶどうをメインにワインを造っています。

ぶどうのほか、りんご、さくらんぼ、ももといった信州中野の特産品も作り、

ワインに継ぐ人気のシードルも醸造しています。

北に高社山(たかやしろやま)がそびえる風光明媚なこの地域は、

作曲家中山晋平、唱歌「ふるさと」の作詞家高野辰之両の故郷としても知られています。


『たかやしろエステートブラン』 720ml 1365円


葡萄品種 リースリング77.1%、シルヴァーナ22.5%、シャルドネ0.4%

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自社畑で収穫された3種の複雑なセパージュ。

爽やかな酸味とぶどうの甘みが調和した

清涼感溢れる味わい。

花の蜜を連想させる

どこか綿菓子のような甘い香りに、

華やいだ柑橘系の香り。

乾杯で先ず一杯、香りを楽しみたい一本。

つまみなしでも満足できる存在感があるので、

食後の一本にも!



リースリング
ドイツのラインガウ、モーゼル地域で銘酒を生みだす白ワイン用のブドウ品種。
フランス・アルザス地方でも名高く、世界で広く栽培されていますが冷涼地で本領を発揮します。
柑橘系の果物やミネラルの香りがあり、熟成によりケミカルな香りを帯びる。
果実味と豊かな酸味を持ち、辛口から極甘口の貴腐ワインまでを多様なワインを生みだします。

シルヴァーナ
かつてはドイツで最も多く栽培されていた白ワイン用品種。
リースリングより早熟で多収穫。
ドイツのほかスイスやアルザスなど、主として中央ヨーロッパに広く普及しています。

シャルドネ
最も人気のある白ワイン用品種。
フランス・ブルゴーニュ地方原産ですが、環境への適応能力に優れ、
世界のあらゆるワイン産地で生産されています。
冷涼地では白桃、温暖な気候の下ではパイナップルのような香りになります。
豊かなボディを持っていますが、
特に強い個性をもたないため様々なスタイルに作り上げることが出来きます。
シャンパンをはじめとする各国のスパークリングワインから、
オーク樽で熟成された完熟のものまで様々な味わいに変化します。


≪たかやしろファーム&ワイナリー≫

 住所 長野県中野市竹原1609-7
 TEL/FAX 0269-24-7650
 URL http://www.takayashirofarm.com
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# by yataiti1gou | 2013-02-24 22:23 | ワイン

日置桜

鳥取県の最西端に位置し、北に日本海、南に中国山地を望む日置郷。

この田園の一角に明治20年創業の山根酒造はあります。

冬になると雪深いこの地には、旧正月の頃に満開となる桜の名木があり、

春を待つ心に酒を酌み交わす意を込めて「日置桜」と名づけたそうです。

「醸は農なり」と日置桜の酒造りは、常に農業の延長線上にあり、

使用する酒造好適米は15件の篤農家の手によって低農薬、低肥栽培されています。


『強力復活へ』

山根酒造で現在つかわれている酒米の強力。

この酒米は穂先までの長さが150cmにもなり、最も長桿品種とされています。

大正時代に鳥取県を原産として生まれ、

寿司米や酒米として県外にも多く出荷されていたそうですが、

「強力を育てるのは暴れ馬を乗りこなすようなもの」といわれるほど育成が難しく、

戦後の近代的な農法に合わなくなってきた「強力」は姿を消してしまいました。

しかし強力復活への願いを込め昭和58年秋に模索が始まり、

ついに昭和61年、鳥取大学農学部で原種保存されていた強力に出会います。

僅か一握りにも満たない貴重な標本です。

同大学の木下教授(現在強力をはぐくむ会代表幹事)に事情を話し、

種籾として分けてもらうことを嘆願。

木下教授はその熱意に共鳴し、大学の試験圃場での育苗が始まりました。

一年後、一俵ばかりの籾が獲れ、

現在では、篤農家の手によって青谷町中郷谷一帯を黄金色に染めるまでになったそうです。


『強力の特徴』

強力は晩稲の大粒品種。

粗蛋白が極端に少なく無農薬で育てるのはとても難しいそうです。

無農薬(減農薬)で育てる場合、雑草との戦いであり、

とても収穫量を上げる事が出来る品種ではないそうです。

また線状心白と呼ばれる澱粉質形状を持っていています。

心白には他に球状心白と呼ばれるものがあり、

球状心白の場合、精米歩合の限界は50%程度なのに対し、

線状心白の米は35%以下の高精白が可能です。

この線状心白を持つ米は、強力・山田錦・雄町の三品種のみで、

これらの米は純ジャポニカ系の米と考えられています。

この強力で造られた酒は搾ったばかりだと膨らみは小さく、

香りも沈んでいて渋く堅いものが多いようです。

しかし熟成させることでその味わいは豹変し、

特有の酸や熟成味が出て極上の燗上がりをみせる酒となります。

また、酵母は香りが立ちやすい9号酵母などより、

香りが穏やかで、しっとりとした味わいになる7号酵母などの方が強力にあっているようです。

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鍛造シリーズは、この酒米を栽培する内田百種園のお米を100%使った純米酒の商標です。

原料米    強力(内田百種園バイケミ農法米)
精米歩合  80%
日本酒度  +11
酸度     2.2
酵母     蔵付酵母

アテもなく酒だけでチンタラやると少し酸が気になりますが、つまみとは出会い物。

赤い肉よりは白い肉をちょいと濃く味付けしたものなんかいかがでしょうか。

豚だったら角煮、鶏だったらタレで食うねぎま。

今の時季だとぶりの照り焼きなんか最高ですね。

蔵内で2年の熟成を経ていますが、もう少し寝かせさらなる熟成も楽しみたい一本。
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# by yataiti1gou | 2013-01-07 16:47 | 日本酒

鷹勇

大山をはじめとする中国山地を背に日本海を臨む、大自然に恵まれた鳥取は琴浦町の大谷酒造。

酒名の『鷹勇』とは、愛鳥家だった初代当主が大空を舞う鷹の勇姿に魅せられて名付けたそうです。

恵まれた土地で作られる米、大山の雪解け水、

そして寒冷な冬の気候が『鷹勇』を醸し出しています。

原料米は『山田錦』を基本に、『玉栄』や『五百万石』、

戦前に因幡地方でだけ生産されていた酒米『強力』を酒質によって使い分けています。

現在相談役を務める坂本俊さんは島根県平田市(現出雲市)出身の出雲杜氏。

十七歳の時に大谷酒造に醗師として蔵入りし二十八歳という若さで杜氏となりました。

坂本さんが杜氏に抜擢された当時、「鷹勇」はあまり評判が芳しくなかったそうです。

そこで、水を大山の雪解け水に変え、米を蒸すかまども新しく作り変えるなどの改善をし、

現在の鷹勇の基盤をつくったそうです。

坂本さんがつくった新生「鷹勇」は、鳥取県の品評会でいきなり1位に選出。

その前年は最下位だったというから、苦心の度合いが偲ばれます。

その後全国の新酒鑑評会で何度となく金賞も受賞しています。

上原先生をして、「現在、あれほどの技量の杜氏はそうはおらん」とまで言わしめた腕前で、

平成10年『現代の名工』に選ばれ、平成14年『黄綬褒章』を受章。

平成19年に『現代の名工』である曽田宏に杜氏を禅譲し

平成22年に坂本相談役の内弟子である奥村豊が新杜氏に就任しています。

なお「純米吟醸なかだれ」は、

(有)良品工房による全国モニターアンケートで7割以上のモニターにより「買いたい」支持を得、

「みんなが選んだいいもの商品」に3年連続認定もしています。

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『山廃純米』

仕込年月  平成21年度
原料米    山田錦40% 玉栄60%
酵母     協会7号
精米     60% 
日本酒度  +6
杜氏     曽田宏

淡く微かな山吹色で、ほどよい深みと一本筋の通った酸、

どこかスパイスのような軽い熟成香もあります。

伸びやで練れた味わいは、平日の晩酌なんかにもってこい。

出すぎず出なすぎずの奥ゆかしい味わいは幅広い料理に合わせられそうです。

少し熱めにつけると酸に熟成味がとてもよく馴染み切れ味抜群。

つまみのあるときは切れ上がる熱めの燗、何もなければただひたすらひやで。


現代の名工
現代の名工(げんだいのめいこう)とは、
卓越した技能者の表彰制度によって表彰された人達のこと。
伝統工芸から先端技術までの幅広い分野で、
その道で第一人者と言われている人達を厚生労働省が表彰しています。
アイアンシェフでお馴染みの道場六三郎や坂井宏行、陳健一の父である陳建民も受賞しています。


黄綬褒章
褒章(ほうしょう)とは、社会や公共の福祉、文化などに貢献した者を顕彰する日本の栄典の一つ。
対象となる事績により、
紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章の6種類があります。
黄綬褒章(おうじゅほうしょう)は
「業務に精励し衆民の模範たるべき者」に黄色い綬(リボン)が授与されます。
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# by yataiti1gou | 2012-12-16 17:07 | 日本酒

鯉川

山形県は庄内町(旧余目町)にある鯉川酒造は、

幻の酒米『亀の尾』の復活に大変な尽力された酒蔵として業界ではとても有名です。

しかし『亀の尾』というと「夏子の酒」で有名になった、

新潟県の久須美酒造を思い浮かべる方も多いと思います。

確かに鯉川酒造の一年前に「亀の尾」を使い日本酒を販売しましたが、

『亀の尾』の発祥地は鯉川酒造のある庄内町(旧余目町)です。

この米の発見・育成者である阿部亀冶の曾孫の阿部喜一氏から一握りの種籾を譲り受け、

長い歳月を掛けて日本酒が醸せる量まで栽培量を増やし漸く商品化したのがこの鯉川酒造です。

その熱意を見せようと、仙台国税局主催の東北清酒鑑評会に、

平成9年に亀の尾を使って醸したお酒を出品しました。

鑑評会で確実に賞を取りたければ、

酒蔵さんは迷わずに扱い易く、受賞率の高い山田錦を使います。

ある年の例を見ると、全国新酒鑑評会に出品された酒920点のうち、

山田錦を100%使った酒が781点(第二部)と全体の85%を占めています。

しかも、

残る139点についても「山田錦の使用割合が50%以下」をクリアしているだけで、

「麹米は山田錦、掛米が山田錦以外」というお酒が圧倒的に多いようです。

その様な状況ですから、鯉川さんの「100%亀の尾で仕込んだ酒」は無謀と思われる挑戦でした。

結果は当然の如く選に漏れましたが、日本酒業界の重鎮だった上原浩さんが、

鯉川酒造に対して「挑戦を続けるように」と指示したことから、

鯉川さんはその後もずっと東北の鑑評会に亀の尾で仕込んだ酒を出品し続けました。

そして平成20年、ついに亀の尾を100%使った純米大吟醸が優等賞を受賞したのです。
 
苦節11年。

「亡き父から二代がかりの夢がかなった」と新聞記者の取材に佐藤一良蔵元は話したそうです。
 
なんだかこっちの方がドラマチックですよね。

あきらめなければ夢は叶う。

なんて・・・

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鯉川さんの商品にはいろいろなバラエティーがありますが、純米や純米吟醸あたりは、

お燗をつけると、米の旨味がほどよくありながらとても滑りが良く、

つまみに寄り添う穏やかな味わいに仕上がるものが多いように感じます。

特別な日というよりも毎日飲みたくなる。

そんな気にさせてくれる地酒。

栓を開けてからすぐよりも、数日ほどおいた方が味に変化が出ておもしろいと思います。
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# by yataiti1gou | 2012-11-30 00:20 | 日本酒

さつまいも・蔓無源氏(つるなしげんじ)


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蔓無源氏は、明治28年に広島市の契約移民の久保田勇次郎氏が、

オーストラリアから持ち帰った品種『源氏種』の突然変異で、

ツルの長さが源氏に比べてはるかに短く、

芋の新芽が赤く色づくのが特徴です。

この芋はでんぷん歩留まりが高く、現在栽培されている高でんぷんの育成品種の多くが、

この芋の血を受け継いでいるといわれています。

大正時代から昭和の初め頃までは、鹿児島県でもかなり多くの生産量があり、

食用や焼酎、でんぷん用などで盛んに栽培されていたようです。

一時は、西の『蔓無源氏』東の『紅赤』と呼ばれた時期もあったそうです。

しかし第二次世界大戦を機に、当時収量の高かった『農林2号』や、

形状に優れていた『鳴門金時』などの芋が取って代わり、

昭和40年以降は鹿児島県でも収穫実績がなくなり、

現在では、ほぼ絶滅状態となってしまいました。

この、絶滅状態だった「蔓無源氏」を復活させたのが鹿児島の国分酒造です。

「大正時代の焼酎」を再現すべく、

当時使われていた黒麹の老麹(ひねこうじ)で仕込みました。

大正時代というのは、それまでの黄麹による芋焼酎造りから、

黒麹による芋焼酎造りが定着するようになった時期で、

この頃の麹は、培養時間が長く真っ黒になった黒麹(老麹)を使って焼酎を仕込んでいたそうです。

ようやく大正時代の麹が完成したものの、

肝心な原料であるさつまいもが大正時代に作られていたものがなかった為、

結局のところ、現代の芋焼酎の大半に使われている「コガネセンガン」で仕込んでいました。

しかし今回、大正時代に作られていた「蔓無源氏」を

平成15年の夏、農業試験場に出向きこの芋の苗を10本ほど頂き、

霧島市福山町の農家である谷山さんに栽培をお願いし、

この「蔓無源氏」で仕込むことで真の「大正時代の焼酎」が再現されたというわけです。

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「蔓無源氏」は皮が赤く中身は栗色、

ふかして食べると甘みがあり種子島で栽培育されている安納芋にどこか似ています。

この「蔓無源氏」は、今のところ日本で谷山さんしか栽培をしておらず、

まだ僅かな収穫しかないため貴重なさつま芋となっています。
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# by yataiti1gou | 2012-11-23 01:03 | さ行

竹鶴

『蔵の歴史』


江戸時代の街並みを残し、安芸の小京都といわれている広島は竹原の竹鶴酒造。

日本のウイスキーの父と称される竹鶴政孝の生家としても知られているこの竹鶴酒造は、

古くから製塩業と酒造業が盛んな竹原にて、元々『小笹屋』の屋号で製塩業を営んでおりました。

当時、高級品であった塩は北前船に乗って遠方に運ばれ街は潤いおおいに発展しました。

小笹屋は製塩業が夏季の稼業ということもあり、

冬季の稼業として酒株を得て現在に至る酒造業を始めました。

現在の『竹鶴』という酒名は、江戸後期に裏の竹藪に鶴が飛来して巣を作ったことを

「古来、松に鶴と聞くも、竹に鶴とは瑞兆なり」と喜び号されたそうです。


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時代が変わり、塩があちこちで作られるようになると製塩産業が陰り始め、

昭和30年代、製塩業を廃業し酒造業一本に専念。

大正時代には50件もの酒蔵がひしめき、銘醸地である西条を凌ぐ酒の産地でしたが、

現在残っている蔵は3件、歴史を伝える数少ない竹原の酒蔵となりました。



『現在の竹鶴』

現在の竹鶴酒造は、14代目蔵元の竹鶴敏専務と、

神亀酒造で修行をされ、竹鶴酒造に移られた石川達也杜氏が中心となり、

「酒造りの根本に立ち返り、自然の恵みを生かす酒造り」を理念に醸されています。

竹鶴酒造では農家と一体となり、

毎年の米の出来具合を見ながら酒造りの設計をしています。

原料米には、竹原市内の朝日山という山の山麓の宿根(すくね)地区と、

竹原市から少し離れた高地にある加茂郡大和(だいわ)町、

そして隣の東広島市の北にある加茂郡福富町で「雄町」の契約栽培を行っております。

これは農と醸との連携を密にして、よい米を作り、よい酒を醸すことが、

循環型農業として日本の酒文化を作っていくのではないかとの思いから、

石川達也杜氏が提唱したものだそうです。

しかし、天候不順や災害に当る年もあり、それ程簡単に良い米が実るわけではありません。

ですがそのような条件の良くない年でも、

その年にできた米で、その年の小笹屋竹鶴を醸す。

愛情いっぱいに育てた米は、何があろうと大事な米。

その米の良さを自然とともに最大限に引きだしてやる。

まるで我が子を育てるかのように。

ですから辛口に仕上げようなどと狙って酒をつくっていません。

日本酒度や酸度はあくまでも出来た酒の結果としての数値。

その分ゆっくりと休ませ、熟成期間を調整することで飲み頃を見定めています。

このように自然との対話から生まれる竹鶴酒造のお酒は、

しっかりとした酸と熟成による深い味わいを持ち、腰のあるしっかりとした酒質となっています。

冷やはもちろん、燗上がりの酒として酒席を楽しませてくれます。

近年では酵母無添加による昔ながらの生もと造りにも力を注いでおり、

21年からは蔵に保管されていた大きな木桶を復活させ、

酒造りの原点でもある木桶仕込による生もと造りも行っています。

また「鑑評会」への出品を考えることよりも、

造り手自身が自ら納得できる酒を造るのが本来のあり方と、

現在、鑑評会への出品は行っていません。
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# by yataiti1gou | 2012-10-19 01:45 | 日本酒


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