やたいち日記


食材日記です
by yataiti1gou
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カテゴリ:な行( 5 )

ながも

千葉都民の私たちにゃ馴染みのない『ながも』。

東北地方の一部をのぞいて、あまり食べる習慣がなかったようですが、

近年では豊富な栄養素が見直され、各地で生産・加工が行われるようになりました。

この『ながも』とは、冬から春にかけて獲れる海藻(ホンダワラの一種)で、

正式名称は、赤藻屑(あかもく)といいます。

しかし、昔から食されている地域では呼び名がさまざま。

山形ではギンバソウ(銀葉草)、秋田ではギンバソウが訛ってギバサ、

山陰地方ではジンバソウ(神馬草)、新潟ではナガモ(長藻)などと呼ばれています。

生命力がとても強く、長くなると7メートルにまで達するため、

漁船のスクリューにからまったりすることもあり、漁業者には厄介者。

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獲りたての生は茶褐色をしていますが、さっと30秒ほど茹でると、とても鮮やか緑色になります。

茹でた後は冷水にとり、良く水をきってから、きざんで生姜を薬味に醤油で食べます。

※真ん中に一本かたい茎が通っているので、
 調理する前に、その茎を上部から下に指でしごき、茎から葉の部分だけをとります。


他にもみそ汁や酢の物、玉子の黄身を落として白めしのお供なんてのもいいですね。

前回に紹介したメカブ同様、ぬるりとねばりがあり栄養も豊富。

シャキシャキと他の海藻にはない食感も楽しめますよ。
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by yataiti1gou | 2012-03-02 17:17 | な行

納豆

『納豆の生い立ち』

現在、納豆といえば大豆を納豆菌で発酵させた『糸引納豆』を指しますが、

この糸引納豆が登場したのは意外や中世以降の話で、

それ以前の納豆といえば、

納豆菌ではなく麹菌を使って発酵させ、乾燥後に熟成させた味噌や醤(ひしお)に近いものでした。

これは、中国の僧院で作られていた豆鼓(とうち・大豆を発酵させたもの)が、

僧たちによって日本に伝えられ、日本の寺でも作られるようになったものでした。

日本に伝来した当初、この乾燥した納豆は豉(シ)と呼ばれていたようですが、

寺の納所(なっしょ・僧侶の食料などを入れておく場所)で造られていたことから、

納所の豆で「納豆」と呼ばれるようになったと、『本朝食鑑』では説明されています。

室町時代になると製法の簡易さから、糸引納豆の方が広く知られるところとなり、

日常食として普及していきました。

その頃から、納豆という言葉は「糸引納豆」を指すようになり、

以前の乾燥したものは、糸引き納豆と区別するために久喜(クキ)と呼ばれたり、

寺で作られていたことから「寺納豆」と呼ばれるようになりました。

現在でも京都の「大徳寺納豆」や浜松の「浜納豆」などの名前で「寺納豆」がつくられています。

時代が過ぎ江戸時代になると、

朝早くから元気のいい掛け声とともに納豆を売り歩く『納豆売り』が、

ざる納豆(ざるにワラを敷きその上に大豆をのせ、室に入れてひと晩発酵させたもの)を、

天秤棒で担いで量り売りをしていました。

しかし江戸時代までは、納豆ご飯よりも頻繁に食卓に上っていたのが、

納豆を叩き刻んで味噌汁に入れた納豆汁。

江戸においては、「納豆売り」が納豆汁の食材も一緒に売り歩いたそうです。

これは、インスタント味噌汁のようなものであり、

「叩き潰した納豆」「青菜」「豆腐」がセットになっているため、

お湯だけ入れたら、そのまま納豆汁となったそうです。

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『納豆の栄養素』

納豆菌は腸内環境に有用とされ、

病原性大腸菌あるいはサルモネラ菌、O157を抗菌する作用が立証されています。

抗生物質のない昔は、赤痢、チフスなどの伝染病に対し、

納豆が一種の薬として使われていたこともあったそうですよ。

また、納豆には血栓を溶かす酵素が含まれているほか、

血液をサラサラにするリノール酸、

細胞の老化を防ぐ働きがあるビタミンEが豊富に含まれています。

血圧が気になる人には優良な食品ともいわれています。

そのほかにもイソフラボンやカタラーゼなど多くの抗酸化物質が含まれており、

細胞や血管の老化を抑える効果も期待されています。


『西と東の納豆事情』

冬の季語にもなっている納豆。

今では年中食べられますが、もともとは冬の食べ物でした。

その大きな要因は、ずばり気温にあります。

納豆づくりの上で、豆の発酵後に熟成という工程があり、

これは5度以下の温度で冷し、納豆菌の活動を停止させるというものです。

現在では冷蔵庫にポンと入れれば簡単に冷やすことができますが、

冷蔵庫のなかった時代は、

気温が5度以下になる地方でないとおいしい納豆作りは難しかったというわけです。

そのため、暖かい西日本は寒い東日本にくらべ、

納豆をつくるのに適している地域が少ないため、食べる文化も少ないというわけです。

これはちょうど、みかんの収穫量に比例しているそうです。

平成13年度のみかんの収穫量を例にあげて説明すると、

先ず、収穫量が2万トン以上だった県は18県。

その18県のうち、愛媛(1位)・和歌山(2位)、長崎(6位)、広島(7位)、福岡(8位)、愛知(9位)、

三重(11位)、徳島(14位)、香川(15位)、山口(16位)、大阪(18位)の11府県は、

納豆を食べない地域20府県と重なります。

みかんの栽培には暖かい地方が適しおり、冬でも最低気温が高いため、

みかんの栽培に適している地方は、おいしい納豆作りには適していないということになるわけです。



『もうひとつの土曜日』

あれは忘れもしない雨の土曜日。

夜もふけた0時近く、店の看板を落とすとともに、

どこからともなく集まった十数人の同士で、ついにあいつの封印を解いた日。

俺たちの間では、『もうひとつの土曜日』と語り継がれている忘れることの出来ない終末の始まり。

そうです!

あの世界一おいに~な缶詰、シュールストレミングを開けちゃった日です!

缶詰め内がガスで充満していることがあり、開栓時に数メートル噴出すことがある。

なんてネットに聞いてあったので、ビニール袋に入れて外で開栓しました。

ところがなんてことないんです。

「何が世界一臭い缶詰だ」なんて思いながら店の中に入れたとたん、

すごいのなんのって、あれはいた人にしかわからないでしょうね。

とにかく店がせまいから臭いがこもるはこもる、

ドアを開けようにも異臭騒ぎで通報されるのでわと、ひやひやしたのを今でも覚えています。

その臭いがどれほどすごいかといえば、ざっと納豆の17倍です!

ちょっとわかりずらいですかね。

わかりやすくいうと、あそこにおちちゃったみたいな感じです。

耐え切れず帰った人もいたほどですから。

居合わせた人の大半は食べませんでしたが、これが食うと意外やうまい!

オニオンスライスやクリームチーズなんかとパンにはさんで、

胡椒なんかをガリガリやったら、きっとうまいと思いますよ。

ディルとかグリーンペッパーなんかを一緒にはさんでもいいかもしれません。


アラバスター単位 (Au) による世界のおいに~ランキング!

シュールストレミング (ニシンの発酵食品)8070 Au  スウェーデン

ホンオフェ (エイの発酵食品)6230 Au  韓国

エピキュアーチーズ (缶詰チーズ)1870 Au  ニュージーランド

キビヤック (海鳥の発酵食品)1370 Au  アラスカ他

くさや (発酵液に漬けた魚の干物)447 Au  日本

鮒寿司  (ふなの熟れ寿司) 486 Au  日本 

納豆 (大豆の発酵食品) 452 Au  日本

臭豆腐  (発酵液に漬けた豆腐) 420 Au  中国

こう見ると、くさいくさいといわれている納豆も世界に出ればかわいいもんですね。
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by yataiti1gou | 2012-02-17 04:27 | な行

生海苔 『スサビノリ』

秋も深まり肌寒くなる今頃から春先にかけてが旬の海苔。

北海道から九州まで広く養殖されていますが、

主な産地は兵庫県の播磨灘、淡路島海域、佐賀は有明海です。

かつては江戸前(東京湾)が主産地でしたが、

現在では、埋め立てなどの理由によりそのほとんどがなくなってしまいました。

大半の産地では乾燥した板海苔に加工されますが、

宮城などのごく一部で、乾燥させてない一番づみの生の海苔が出荷されています。

この生海苔をちょいと箸にからませてするりとやれば、

そこに海があるかのように、磯の香りが口いっぱいに広がります。

冷酒でキリリとやるもよし。

お燗でちびちびやるもまたよし。

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『板海苔が出来るまで』

板海苔は、江戸時代の庶民に親しまれていた※浅草紙の製法にヒントを得て考案されたそうです。

※浅草紙とは、山谷辺りで多く製造されていた鼻紙や便所紙などに使われる下等な紙。

作り方は、紙を抄くのとほぼ同じ作りかたです。

先ずは摘み取った海苔を細かく刻みます。

つぎに、真水を張った抄き桶の中で溶いてから、

簾(海苔簾・のりす)に19cm×21cmの枠(海苔枠)をのせ、

その中に真水に溶かした海苔を流しいれ、天日で干して出来上がりです。

昔は厳寒期にすべて手作業ですし、

海苔簾(のりす)に均一に海苔を広げるのは熟練を要する職人技。

海苔作りはたいへんな重労働だったようですが、

今ではその製造工程のほとんどは、機械化されています。

江戸時代の当時は、江戸以外での海苔養殖が禁止されおり、

それが解禁になったのは意外にも明治時代になってからだそうです。

昭和20年ごろまでは、海苔を食べていたのは東京を中心とする関東地域に限られており、

関西をはじめ、各地方で海苔を食べるようになったのはずっと後のことだそうです。

海苔が広く食べられるようになったのには養殖の解禁に加え、

海苔のタネの作り方が変わったということも大きく影響しているそうです。

これは、昭和24年にイギリス人の海藻学者キャサリン・メアリー・ドリュー女史が、

海苔の生態を解明したことで、人工的にタネ付けをする人口採苗法が広まり、

兵庫、福岡、佐賀などの各地で海苔養殖が行われるようになりました。

それまでの日本では、海苔の生態についてほとんど分かっていなかったようで、

タネのつき方は自然まかせ、海苔は「運ぐさ」と呼ばれるほど、

年によって採れる量がまちまちだったようです。


『海苔の栄養』

海苔はビタミンやミネラルを豊富に含んでおり、意外にも大豆より多くタンパク質を含んでいます。

そのアミノ酸組成も大豆より優れていると言われており、

食生活に於いてタンパク質のバランスをとる上では非常に優秀な蛋白源と言えます。

また、海藻類には漢方的薬効もあるとされており、

その作用は体内水分をより速く代謝するというものです。

これにより体のむくみを解消する働きがあると言われています。


『味付け海苔』

1849年に初代・山本徳治郎が日本橋に構えた「山本海苔店」に、

1869年、明治天皇が京都へ行幸の際に御所への土産物上納の御下命があったそうです。

この時、初めて海苔に味をつけた「味付け海苔」を創案。

この新商品を契機に宮内省御用達となり、

さらにブリキ缶が容器として使われるようになると、

一般向けにも味付け海苔を販売し大ヒットしたそうです。

ちなみに、ごま油に海苔の香ばしさが後を引く韓国海苔は、

日韓併合期に関西地方の味付け海苔が韓国に伝わり、アレンジされたそうですよ。


『藻塩焼』

日本は海に囲まれ、古代より魚介類の恩恵を受けてきました。

古代の貝塚からは、はっきりと海藻を食べていたという痕跡は発見されていないようですが、

島根県の猪目洞窟からは、貝殻や魚の骨とともに、

アラメやホンダワラという海藻の一部が発見されています。

生命を維持するうえで欠かすことのできない塩分。

それらを摂取する最も簡単な方法が海藻食であることを考えると、

先史時代から日本人は色々な海藻を食べていた事が類推されます。

701年、飛鳥時代の終わりに制定された「大宝律令」には、

29種類の海産物が租税として記されています。

そのうちの8種類は海藻で、アマノリ、アラメ、テングサなどがあげられています。

それぞれの年貢は莫大な量で、納められた後に朝廷の文武官や神社・寺などに支給されました。

また、神社などの祭礼の供物にもコンブやワカメなどの名前が見られ、

こうした事から海藻が当時の人々の食料として用いられていた事が分かります。

「万葉集」には海藻を詠み込んだ歌が100首近くあるそうです。

なかでも海藻を焼いて塩をつくる「藻塩焼」という塩の製法に関わる歌が多く残されているそうです。

「藻塩焼」は、ホンダワラやアマモを浜辺に積み重ねて海水を繰り返し振りかけては乾かし、

それを焼いて塩灰を作り釜に入れて淡水を加え、

そのうわずみを煮詰めて塩を作るという興味深い塩の製造方法です。
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by yataiti1gou | 2011-12-01 03:15 | な行

ながらみ

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関東で『ながらみ』と呼ばれている貝は

ダンベイキサゴ(團平喜佐古)という、いろいろあるキサゴ類のひとつです

このキサゴ類の貝殻は、おはじきの原型だそうです

元来おはじきの起源は、小石や貝殻をはじいて遊んだのが始まりだったようですね

この貝は本州から九州までの沿岸砂底に広く生息している巻き貝ですが

近年は滅多に見かけることのない幻の貝となってしまいました

子どもの頃なんかは夏休みに九十九里へ出かければ

そこらの魚屋で良く見かけたものですが…


『砂を抜くか抜かないか』

こいつがまたなかなかの美味で

さっと湯がいて、ぽっつらぽっつらやるといい暇つぶしになるんです

ちょいとお燗なんかつけたらもう最高ですよ

この貝の料理方法はいたって簡単!

ごちゃごちゃいじらず、たださっと湯がくだけ

これが一番うまいんです

ただし難点がひとつ

もうご存知の方もいらっしゃると思いますが

この貝は必ずといっていいほど砂をかんでいます

どこかで食ってジャリッとしたことありませんか

でもそれが『ながらみ』なんです

自分の場合、客人に出すときは煮付けた後、だしに漬けてお出しします

このほうが貝が乾かずにチンタラやれますし

なんたって付いてた砂をだしの中で洗えます

もしどうしても事前に砂を抜きたいのであれば

塩水(3.5%)をはった器に入れて砂を吐かせます

ただし、この貝は一日くらいじゃ吐き出しません

二日は必要です

砂を抜くか抜かないかはあなた次第!

とにかく面倒な貝ですが、それを差し引いてもやっぱり食いたいのがこの『ながらみ』なんです
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by yataiti1gou | 2011-08-12 17:12 | な行

なまこ

旬は初冬とされ、日本では酢の物として食べることが多く

味よりはコリコリとした独特の食感と香りが楽しい食材です

約1300年ほど前に編纂された最古の歴史書『古事記』の中に

「海鼠」という表記で記述が見られます

当時は「海鼠」と書いて「コ」と読んでいたようで

現在の呼び名である「なまこ」とは「生のコ」つまりは調理前の生の状態という意味だったようです

「コ(海鼠)」の「ワタ(腸)」を塩漬けにした「このわた」は

「塩うに・からすみ」と並んで日本三大珍味のひとつとされています

また塩ゆでして干した【きんこ(金海鼠)】は高級中華食材として有名で

江戸時代には長崎から俵ものとして中国へ輸出されていたようです


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和歌やことわざの題材にも使われ、俳句の世界では冬の季語として

松尾芭蕉を始めとする多くの文人が作品を残しています

また夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の中には

初めてナマコを食べた人物の胆力には敬服すべきだ、という一節もあり

食べ物としては意外な印象を与える場合も少なからずあったようです


『薬としてのなまこ』

ナマコは食用だけでなく、漢方薬として古くから滋養強壮薬、皮膚病薬として用いられてきました

中国語でナマコを指す「海参(ハイシェン)」は

その強壮作用から「海の人参(朝鮮人参)」との意味でつけられた名前です

朝鮮人参の主要薬効成分であるサポニン類は通常は植物の持つ成分ですが

ナマコやヒトデなど一部の棘皮動物にも含まれていることが明らかにされています

このナマコが持つサポニンは強い防カビ作用を持ち

水虫の治療薬「ホロクリンS」として実用化もされています

またサポニンは、石鹸の界用作用に適しており

近年では沖縄の黒ナマコ石鹸が話題になっています


『生息域で変わる色と驚きの再生能力』

赤なまこは概要生でじゃりなどのある岩礁地帯に生息するもので

黒なまこ、青なまこは内湾の砂泥地に生息するものです

ナマコは敵に襲われると、内臓を口から放出し、その内臓の粘りで敵を困惑させ身を守ります

また、90%以上が水分で形成された体は棘皮動物同様にとても再生力が強く

吐き出した内臓はわずか1~3ヶ月ほどで再生するそうです
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by yataiti1gou | 2010-12-01 01:08 | な行


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