やたいち日記


食材日記です
by yataiti1gou
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

カテゴリ:日本酒( 14 )

日置桜

鳥取県の最西端に位置し、北に日本海、南に中国山地を望む日置郷。

この田園の一角に明治20年創業の山根酒造はあります。

冬になると雪深いこの地には、旧正月の頃に満開となる桜の名木があり、

春を待つ心に酒を酌み交わす意を込めて「日置桜」と名づけたそうです。

「醸は農なり」と日置桜の酒造りは、常に農業の延長線上にあり、

使用する酒造好適米は15件の篤農家の手によって低農薬、低肥栽培されています。


『強力復活へ』

山根酒造で現在つかわれている酒米の強力。

この酒米は穂先までの長さが150cmにもなり、最も長桿品種とされています。

大正時代に鳥取県を原産として生まれ、

寿司米や酒米として県外にも多く出荷されていたそうですが、

「強力を育てるのは暴れ馬を乗りこなすようなもの」といわれるほど育成が難しく、

戦後の近代的な農法に合わなくなってきた「強力」は姿を消してしまいました。

しかし強力復活への願いを込め昭和58年秋に模索が始まり、

ついに昭和61年、鳥取大学農学部で原種保存されていた強力に出会います。

僅か一握りにも満たない貴重な標本です。

同大学の木下教授(現在強力をはぐくむ会代表幹事)に事情を話し、

種籾として分けてもらうことを嘆願。

木下教授はその熱意に共鳴し、大学の試験圃場での育苗が始まりました。

一年後、一俵ばかりの籾が獲れ、

現在では、篤農家の手によって青谷町中郷谷一帯を黄金色に染めるまでになったそうです。


『強力の特徴』

強力は晩稲の大粒品種。

粗蛋白が極端に少なく無農薬で育てるのはとても難しいそうです。

無農薬(減農薬)で育てる場合、雑草との戦いであり、

とても収穫量を上げる事が出来る品種ではないそうです。

また線状心白と呼ばれる澱粉質形状を持っていています。

心白には他に球状心白と呼ばれるものがあり、

球状心白の場合、精米歩合の限界は50%程度なのに対し、

線状心白の米は35%以下の高精白が可能です。

この線状心白を持つ米は、強力・山田錦・雄町の三品種のみで、

これらの米は純ジャポニカ系の米と考えられています。

この強力で造られた酒は搾ったばかりだと膨らみは小さく、

香りも沈んでいて渋く堅いものが多いようです。

しかし熟成させることでその味わいは豹変し、

特有の酸や熟成味が出て極上の燗上がりをみせる酒となります。

また、酵母は香りが立ちやすい9号酵母などより、

香りが穏やかで、しっとりとした味わいになる7号酵母などの方が強力にあっているようです。

d0176160_1721987.jpg


鍛造シリーズは、この酒米を栽培する内田百種園のお米を100%使った純米酒の商標です。

原料米    強力(内田百種園バイケミ農法米)
精米歩合  80%
日本酒度  +11
酸度     2.2
酵母     蔵付酵母

アテもなく酒だけでチンタラやると少し酸が気になりますが、つまみとは出会い物。

赤い肉よりは白い肉をちょいと濃く味付けしたものなんかいかがでしょうか。

豚だったら角煮、鶏だったらタレで食うねぎま。

今の時季だとぶりの照り焼きなんか最高ですね。

蔵内で2年の熟成を経ていますが、もう少し寝かせさらなる熟成も楽しみたい一本。
[PR]
by yataiti1gou | 2013-01-07 16:47 | 日本酒

鷹勇

大山をはじめとする中国山地を背に日本海を臨む、大自然に恵まれた鳥取は琴浦町の大谷酒造。

酒名の『鷹勇』とは、愛鳥家だった初代当主が大空を舞う鷹の勇姿に魅せられて名付けたそうです。

恵まれた土地で作られる米、大山の雪解け水、

そして寒冷な冬の気候が『鷹勇』を醸し出しています。

原料米は『山田錦』を基本に、『玉栄』や『五百万石』、

戦前に因幡地方でだけ生産されていた酒米『強力』を酒質によって使い分けています。

現在相談役を務める坂本俊さんは島根県平田市(現出雲市)出身の出雲杜氏。

十七歳の時に大谷酒造に醗師として蔵入りし二十八歳という若さで杜氏となりました。

坂本さんが杜氏に抜擢された当時、「鷹勇」はあまり評判が芳しくなかったそうです。

そこで、水を大山の雪解け水に変え、米を蒸すかまども新しく作り変えるなどの改善をし、

現在の鷹勇の基盤をつくったそうです。

坂本さんがつくった新生「鷹勇」は、鳥取県の品評会でいきなり1位に選出。

その前年は最下位だったというから、苦心の度合いが偲ばれます。

その後全国の新酒鑑評会で何度となく金賞も受賞しています。

上原先生をして、「現在、あれほどの技量の杜氏はそうはおらん」とまで言わしめた腕前で、

平成10年『現代の名工』に選ばれ、平成14年『黄綬褒章』を受章。

平成19年に『現代の名工』である曽田宏に杜氏を禅譲し

平成22年に坂本相談役の内弟子である奥村豊が新杜氏に就任しています。

なお「純米吟醸なかだれ」は、

(有)良品工房による全国モニターアンケートで7割以上のモニターにより「買いたい」支持を得、

「みんなが選んだいいもの商品」に3年連続認定もしています。

d0176160_16271740.jpg


『山廃純米』

仕込年月  平成21年度
原料米    山田錦40% 玉栄60%
酵母     協会7号
精米     60% 
日本酒度  +6
杜氏     曽田宏

淡く微かな山吹色で、ほどよい深みと一本筋の通った酸、

どこかスパイスのような軽い熟成香もあります。

伸びやで練れた味わいは、平日の晩酌なんかにもってこい。

出すぎず出なすぎずの奥ゆかしい味わいは幅広い料理に合わせられそうです。

少し熱めにつけると酸に熟成味がとてもよく馴染み切れ味抜群。

つまみのあるときは切れ上がる熱めの燗、何もなければただひたすらひやで。


現代の名工
現代の名工(げんだいのめいこう)とは、
卓越した技能者の表彰制度によって表彰された人達のこと。
伝統工芸から先端技術までの幅広い分野で、
その道で第一人者と言われている人達を厚生労働省が表彰しています。
アイアンシェフでお馴染みの道場六三郎や坂井宏行、陳健一の父である陳建民も受賞しています。


黄綬褒章
褒章(ほうしょう)とは、社会や公共の福祉、文化などに貢献した者を顕彰する日本の栄典の一つ。
対象となる事績により、
紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章の6種類があります。
黄綬褒章(おうじゅほうしょう)は
「業務に精励し衆民の模範たるべき者」に黄色い綬(リボン)が授与されます。
[PR]
by yataiti1gou | 2012-12-16 17:07 | 日本酒

鯉川

山形県は庄内町(旧余目町)にある鯉川酒造は、

幻の酒米『亀の尾』の復活に大変な尽力された酒蔵として業界ではとても有名です。

しかし『亀の尾』というと「夏子の酒」で有名になった、

新潟県の久須美酒造を思い浮かべる方も多いと思います。

確かに鯉川酒造の一年前に「亀の尾」を使い日本酒を販売しましたが、

『亀の尾』の発祥地は鯉川酒造のある庄内町(旧余目町)です。

この米の発見・育成者である阿部亀冶の曾孫の阿部喜一氏から一握りの種籾を譲り受け、

長い歳月を掛けて日本酒が醸せる量まで栽培量を増やし漸く商品化したのがこの鯉川酒造です。

その熱意を見せようと、仙台国税局主催の東北清酒鑑評会に、

平成9年に亀の尾を使って醸したお酒を出品しました。

鑑評会で確実に賞を取りたければ、

酒蔵さんは迷わずに扱い易く、受賞率の高い山田錦を使います。

ある年の例を見ると、全国新酒鑑評会に出品された酒920点のうち、

山田錦を100%使った酒が781点(第二部)と全体の85%を占めています。

しかも、

残る139点についても「山田錦の使用割合が50%以下」をクリアしているだけで、

「麹米は山田錦、掛米が山田錦以外」というお酒が圧倒的に多いようです。

その様な状況ですから、鯉川さんの「100%亀の尾で仕込んだ酒」は無謀と思われる挑戦でした。

結果は当然の如く選に漏れましたが、日本酒業界の重鎮だった上原浩さんが、

鯉川酒造に対して「挑戦を続けるように」と指示したことから、

鯉川さんはその後もずっと東北の鑑評会に亀の尾で仕込んだ酒を出品し続けました。

そして平成20年、ついに亀の尾を100%使った純米大吟醸が優等賞を受賞したのです。
 
苦節11年。

「亡き父から二代がかりの夢がかなった」と新聞記者の取材に佐藤一良蔵元は話したそうです。
 
なんだかこっちの方がドラマチックですよね。

あきらめなければ夢は叶う。

なんて・・・

d0176160_0112236.jpg


鯉川さんの商品にはいろいろなバラエティーがありますが、純米や純米吟醸あたりは、

お燗をつけると、米の旨味がほどよくありながらとても滑りが良く、

つまみに寄り添う穏やかな味わいに仕上がるものが多いように感じます。

特別な日というよりも毎日飲みたくなる。

そんな気にさせてくれる地酒。

栓を開けてからすぐよりも、数日ほどおいた方が味に変化が出ておもしろいと思います。
[PR]
by yataiti1gou | 2012-11-30 00:20 | 日本酒

竹鶴

『蔵の歴史』


江戸時代の街並みを残し、安芸の小京都といわれている広島は竹原の竹鶴酒造。

日本のウイスキーの父と称される竹鶴政孝の生家としても知られているこの竹鶴酒造は、

古くから製塩業と酒造業が盛んな竹原にて、元々『小笹屋』の屋号で製塩業を営んでおりました。

当時、高級品であった塩は北前船に乗って遠方に運ばれ街は潤いおおいに発展しました。

小笹屋は製塩業が夏季の稼業ということもあり、

冬季の稼業として酒株を得て現在に至る酒造業を始めました。

現在の『竹鶴』という酒名は、江戸後期に裏の竹藪に鶴が飛来して巣を作ったことを

「古来、松に鶴と聞くも、竹に鶴とは瑞兆なり」と喜び号されたそうです。


d0176160_22314825.jpg













時代が変わり、塩があちこちで作られるようになると製塩産業が陰り始め、

昭和30年代、製塩業を廃業し酒造業一本に専念。

大正時代には50件もの酒蔵がひしめき、銘醸地である西条を凌ぐ酒の産地でしたが、

現在残っている蔵は3件、歴史を伝える数少ない竹原の酒蔵となりました。



『現在の竹鶴』

現在の竹鶴酒造は、14代目蔵元の竹鶴敏専務と、

神亀酒造で修行をされ、竹鶴酒造に移られた石川達也杜氏が中心となり、

「酒造りの根本に立ち返り、自然の恵みを生かす酒造り」を理念に醸されています。

竹鶴酒造では農家と一体となり、

毎年の米の出来具合を見ながら酒造りの設計をしています。

原料米には、竹原市内の朝日山という山の山麓の宿根(すくね)地区と、

竹原市から少し離れた高地にある加茂郡大和(だいわ)町、

そして隣の東広島市の北にある加茂郡福富町で「雄町」の契約栽培を行っております。

これは農と醸との連携を密にして、よい米を作り、よい酒を醸すことが、

循環型農業として日本の酒文化を作っていくのではないかとの思いから、

石川達也杜氏が提唱したものだそうです。

しかし、天候不順や災害に当る年もあり、それ程簡単に良い米が実るわけではありません。

ですがそのような条件の良くない年でも、

その年にできた米で、その年の小笹屋竹鶴を醸す。

愛情いっぱいに育てた米は、何があろうと大事な米。

その米の良さを自然とともに最大限に引きだしてやる。

まるで我が子を育てるかのように。

ですから辛口に仕上げようなどと狙って酒をつくっていません。

日本酒度や酸度はあくまでも出来た酒の結果としての数値。

その分ゆっくりと休ませ、熟成期間を調整することで飲み頃を見定めています。

このように自然との対話から生まれる竹鶴酒造のお酒は、

しっかりとした酸と熟成による深い味わいを持ち、腰のあるしっかりとした酒質となっています。

冷やはもちろん、燗上がりの酒として酒席を楽しませてくれます。

近年では酵母無添加による昔ながらの生もと造りにも力を注いでおり、

21年からは蔵に保管されていた大きな木桶を復活させ、

酒造りの原点でもある木桶仕込による生もと造りも行っています。

また「鑑評会」への出品を考えることよりも、

造り手自身が自ら納得できる酒を造るのが本来のあり方と、

現在、鑑評会への出品は行っていません。
[PR]
by yataiti1gou | 2012-10-19 01:45 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の九 『乾坤一』

『蔵の歴史』

正徳2年(1712年)創業

こちらの酒造店の初代主は、江戸時代に仙台藩の「御国産問屋商人」に任ぜられ

商人として異例の名字帯刀 を許されるほどでした

どこよりも米を磨き、手間暇かかる手造りにこだわり

高いコストの中で最高の酒を造り上げるという強い信念の基で

蔵王山系の伏流水で南部杜氏が仕込んでいます

土蔵造の商家の建ち並ぶ町並みの村田(宮城県柴田郡)は

「みちのくの小京都」 とも呼ばれる歴史ある町です

かつては伊達家の直轄地で、また蔵王山麓に位置し泉韻豊かな自然に恵まれた地でもあります

江戸時代、紅花は山形県の特産品で、紅色の染め粉として

山形県寒河江地域から最上川船下りで酒田まで荷を運び

北前船で京都まで運んで隆盛を極めました

政宗公が山形県出身ということもあり、村田町にも紅花をつくらせ

蔵王山を越えて山形に運び商いをしていました

現在でもこの交易の歴史を残す『京都の雛人形や掛け軸などが』が村田に残っています

また一時代をつくった紅花商人たちの蔵が今も残っており蔵の町ともいわれています

江戸時代は「不二正宗」という銘柄を醸造していましたが

初代宮城県知事・松平正直氏により

ことわざ「乾坤一擲」(けんこんいってき)

すなわち、のるかそるかの勝負をするという意味で

天地を潤すほどの 満足を与える酒であれとの思いを込め『乾坤一』命名されたそうです



d0176160_1652544.gif                  
 
  
  『乾坤一 特別純米』

  飯米のササニシキを使用
  しっかりと米の旨味を感じながらも
  柔らかな口当たりできっちりとキレ上がります



 
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-23 20:31 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の八 『綿屋』

大正4年創業

無類の酒好きだった創業者、三浦順吉氏の心を現代に再現すべく

おいしい酒、たのしい酒を醸すというテーマで

平成五年から三代目三浦幹典氏が『綿屋』を創り出しました

名前は屋号に由来しています

『丹沢山』『隆』醸造元、川西屋酒造店の露木雅一専務の協力により『綿屋』の醸造が始まりました

それから二年後、南部杜氏の玉山専昭氏と出会い、杜氏、蔵人を入れ替えて再出発

地元では綿屋以前の銘柄「金の井」「寿礼春」という銘柄も少しだけ造っています

三浦幹典氏が目指すのは「料理と響きあう酒」

料理の味を引き立て、きれいな味わいとふくらみのあ味わいです

全て蔵元の冷蔵庫で貯蔵され酒の熟成を待ってから出荷されています

綿屋のお酒は米と水の良さを生かした造りが特徴です

水は「小僧山水」と呼ばれる清涼な水を使い

米は地元の熱心な「専業農家」さんの造る上等米

それらを丁寧に蔵元が醸す、まさに三位一体で成り立っているのです

特に注目すべきは、農家さんのレベルの高さです

現在は米の栽培農家は兼業が多く、米作りに専念する専業農家は少なくなっています

しかし、この蔵の近隣に「名人」と呼ばれるような専業農家さんが何人もいらっしゃいます

その農家さんの協力も得て

北限山田錦と呼ばれる日本最北端の山田錦の栽培にチャレンジした意欲的な酒や

無農薬栽培の酒を世に送り出しているのです

また、他の酒蔵では「米違い」などでラインナップの幅を膨らましていますが

「農家違い」というラインナップはあまり見かけません

綿屋はこれをやっています

近隣に実力と意欲のある農家さんが多いからこそ為せる業ですね



d0176160_13374680.jpg  『綿屋 特別純米酒』

  派手さとインパクトでぐいぐい迫ってくるようなお酒ではありませんが
  出来立ての若葉の風味を残しつつ寄り添う味わい
  美味しいものを前にするとついつい飲みたくなる酒
  
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-23 16:41 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の七 『萩の鶴』

『蔵の歴史』

ここ金成町は、その昔「萩の村」と呼ばれていました

その名の通り萩の花の美しさで知られ、今でもたくさんの萩が見られます

そこから「萩」をとり、縁起のよい「鶴」と組み合わせて名付けたそうです

金成町は岩手と宮城の県境にあり

昔から交通の要所・旧奥羽街道の宿場町として栄えた面影を残す金成町は

平安時代金売吉次の親・炭焼藤太が金を発見

そのことから金が成る所としてその地名がついたと云われています

松尾芭蕉の「奥の細道」や民話の中に金成の歴史とロマンが今でも数多く残っています

その金成で江戸時代末期天保年間に創業

旧萩野村の地主だった萩野酒造の初代が

集めた産石米をどのように活用するか思案をかさねた末

その米を使っての酒造りを始めたのが事業の始まりでした

大戦中は、米造りに使う釜などの金属類は全て徴収され酒造りを中断していましたが

戦後近隣農家の方々の協力をえて昭和23年酒造りを復活させ今に至っています

酒米は全体の3割が、自作田と近隣農家と契約栽培してるいる美山錦

他にひとめぼれ、トヨニシキ、山田錦、蔵の華などです

“冬水田んぼ(冬期湛水田)”の有機農法無農薬栽培米を使うなど

地元の農家と連携した酒造りが特徴です

水は持ち山の霊堂山に豊富に湧き出る

奥羽山脈の栗駒山を水源とする自然水(軟水)を使っています

この蔵は米も、水も、人も、消費も地元

“地産地消”まさに宮城の地酒そのものです



d0176160_173794.jpg『萩の鶴 極上純米酒』

県産米「蔵の華」で仕込まれた純米酒
冷やすよりも常温
常温よりも少し燗をつけると柔らかくいい具合です
飾らない素朴な味わいに癒しを感じます
熟成も楽しみな一本です
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-23 13:28 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の六 『栗駒山』

『蔵の歴史』

大正9年創業

初代千田養治郎は、金成町で農業を主としながら他に麹を造るなどして商いをしていました

養治郎氏は自分が広げた田畑や山林を維持拡大するだけでは飽きたらず

鶯沢町にあった造り酒屋を譲り受けることとなり酒造業を営むことになりました

その後、より良い酒を造るため水を求めて酒蔵の移転を考えるようになりました

その頃栗駒町中野地区に良い水が湧くとの話を聞いた養治郎は

早速中野へ出向き確かめたところ、自分の理想の水であったことから

現在のこの地へ移転を決断したのでした

栗駒山という酒名は、秀峰"栗駒山"の麓に蔵があることにちなんで命名されました

なお『奥鶴』の銘柄で普通酒も販売しています


『やたいち三つ分の冷蔵庫』

宮城県最少クラスの蔵元ですが、醸す酒は天下一品

きめ細やかな仕込み、目にもとまらぬすばやい瓶火入れ、そしてなんといっても冷蔵管理

蔵が小さいのか冷蔵庫がでかいのか

わずか200石の出荷量で27坪の大型冷蔵庫を保持

うらやましいです

うちの店が三つも入っちゃいます

それゆえ全量冷蔵瓶貯蔵を可能にしています

しかもコンマ1度で制御する醪の温度センサーや冷水装置

自動製麹機などの最新設備も備えています

宮城はきりりと綺麗な酒質が多いのは、徹底した冷蔵管理の蔵が多いからですね


d0176160_13531771.jpg  『栗駒山 純米吟醸 蔵の華』


  宮城県で生まれた酒造好適米「蔵の華」で造った純米吟醸
  軽やかで爽やかな香味が印象的
  マスカットやライチのような
  抜けの良い酸味が心地よく吹き抜けていきます
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-22 16:33 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の五 『伯楽星』


『蔵の歴史』

明治6年創業

「荒城の月」で有名な土井晩翠がこよなくここの酒を愛し

”館山の頂開く酒むしろ愛宕の松の薫いみじく”との句まで残したと云われる新澤醸造店

戦時中には、特攻隊の兵士が出陣前に飲むお酒を造り繁栄したそうです

ですが近年は生産石数約300石と縮小

数年前までは、地元を中心に全生産量の内8割を占める普通酒で

細々と経営していた非常に厳しい経営環境だったそうです

しかし平成14年、跡取りである新澤巌夫氏が廃業を考えていた先代を説得し

自らが宮城最年少杜氏となって指揮をとり大きな変貌を遂げました

それまで、普通酒が主体の造りだった蔵元が

現在は全生産量の内、なんと約9割が純米という純米メインの蔵元となり

従来からの銘柄である「愛宕の松」の酒質は向上

そして、2002年に立上げた特約店限定の新銘柄「伯楽星」は

瞬く間に全国から注目を集め、引き合いの多い人気酒となりました

新澤さんのある三本木地方では

伯楽(馬の目利き)が大切に育てた名馬は、時がくると天に昇るという伝説があります

酒名”伯楽星”は、そこから命名されたそうです


『万全な出荷管理』

ここの蔵元が特に気を配っている事は「出荷管理」です

いくら美味しい酒を造っても、貯蔵出荷管理が出来ないと

お酒が消費者のもとに届く頃には、ひね等の品質劣化を招く事があります

新澤醸造店では、しっかりと冷蔵管理のできる酒販店だけに販路を限定しており

全てのお酒は、生詰めで瓶燗火入れ、瓶貯蔵が行われ、酒質が少し若く、固い状態で出荷されます

その理由は、流通の過程から消費者が口にするまでの時間経過を考えての事です

新澤専務は、東京農大卒業後に流通業界の実地の場において

お酒の流通を学び、出荷管理には徹底した確かなものを求めます

原材料、醸造技術はもちろんですが、こういった蔵元の姿勢がこの蔵の酒の味を支えています


『新澤専務の舌』

新澤専務の利き酒能力は類稀なものがあります

大学在学中には若干20歳で「純粋純米酒協会」主催の利き酒選手権大会で

全問正解の最年少記録となる第一位となり

その後もいくつかの利き酒大会で優勝するなど利き酒能力はお墨付き

目指す酒にはっきりしたコンセプトがあり、その香味を追求する為の利き酒能力にも優れ

醸された理想のお酒を徹底した管理で皆様に届けしています

酒販店、地酒ファンを問わず、新澤専務の将来には多くの期待がかけられています

それでは新澤専務の酒の設計とは、いったいどのようなものなのでしょうか

抜粋ですがちょっと耳を傾けてみましょう

「香り、甘み、酸というお酒の評価にプラスになる部分をあえて捨てた酒なんです」 

「えっ?それって味が無い?」改めて利き酒をさせてもらいました

確かに本当にすっきりした、というかすっきりすぎるさらりとしたお酒です

でもほのかな香りとさらりとしたキレは、すばらしいと思うけど‥‥

新澤杜氏が「こちらへどうぞ」と母屋の座敷に通してくださいお昼をいただきました

その後また利き酒に

「ん!?さっきのより旨みがありますね。こっちの方がいいかな」 

「そうでしょ、でもさっきのと同じものなんですよ」 

「えっ!?同じもの?明らかに違いますよ」

「食事をとり、落ち着かれたのと、頭に糖分が満たされたので舌が旨みを感じやすくなったんです」

「杯を進めるごとに旨みを増すこれが究極の食中酒なんです」

「うちの酒は一番華のある酒ではなく、目立たないけどいつもそばにいてほしくなる酒」

「家族や女房のような酒なんです」と語りました

ドラマチックで夢見がち、神経質でこだわり性

この類にはデブが多いんです

わかるんです

自分もそうだから

好きです!伯楽星



d0176160_1714159.jpg  『伯楽星 特別純米』
  ほのかな香りに、きりりとした口あたり
  綺麗な酸が特徴です
  三歩下がって旦那をたてる昔気質な日本女性といったところ
  ただし熟女というよりギャルですが
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-22 13:29 | 日本酒

チャリティーイベント出品酒 其の四 『南部美人』

『蔵の歴史』

創業は明治三十五年ですが、「南部美人」という銘柄は昭和二十六年に命名

当時、全国的に精米歩合も低く雑味の多い甘い酒が主流の中で

綺麗で美しい酒を造りたいという思いと

岩手県二戸市は昔から南部の国と称し呼ばれており

素晴らしい自然や風土と豊富な水に恵まれた土地であることから

地名の南部と綺麗で美しい酒質イメージから「南部美人」と命名したそうです

その南部美人を醸してきたのが、平成四年に国の卓越技能者「現代の名工」

そして平成7年に勲六等瑞宝章を受賞した、南部杜氏の故山口 一 杜氏です

山口杜氏は、南部杜氏自醸酒鑑評会において連続50回以上優等賞に入賞

さらに昭和54年、55年と平成13年、14年には2年連続して首席となり、大蔵大臣賞を受賞しました

合計4回の首席受賞は南部杜氏史上初の快挙です

また東北鑑評会、全国鑑評会では多数の入賞歴を誇りますが

近年では平成13年、14年と連続して金賞を受賞

世界の酒類コンクールであるモンドセレクションでは

1997年から6年連続してゴールドメダルを受賞した凄腕の杜氏さんでした


『現在の南部美人』

現在は、山口杜氏の元、生え抜きの副杜氏として働いてきた松森淳次が杜氏に就任し

新たな南部美人の酒造りに、五代目蔵元久慈浩介とともに邁進しております

両者とも、岩手県が認定する青年卓越技能者表彰を受けており

このような例は岩手でも稀なほど、技術についての評価が高くなっています

また近年は、アメリカ、イギリス、香港、ブラジル、ドバイ、シンガポール、マレーシアなど

世界21カ国への輸出もされるようになり、世界中で南部美人が愛飲されています

原料米のほとんどは岩手県産米で仕込み

酒造好適米の「美山錦」に「トヨニシキ」


『地の米と水、そして貯蔵』

岩手県は四国と同じくらいの面積を持つ日本で一番広い県です

したがって県南と県北では気候も大きく変わります

この変化に対応して県南は「吟ぎんが」、県北は「ぎんおとめ」を栽培しています

※「吟ぎんが」は岩手県初の酒造好適米、その妹分の酒造好適米が「ぎんおとめ」です

特に県北に位置する南部美人は、特別純米酒に積極的に「ぎんおとめ」を用い

純米吟醸には「吟ぎんが」や「美山錦」を使用します

また平成5年の大凶作の年、沖縄県石垣島から種もみの増殖協力を頂いた

岩手県オリジナル品種である「かけはし」などを

折爪馬仙峡の中硬水の伏流水を使用し醸す南部流の酒は

非常に優しく酒質の絶妙なバランスと切れ味の良さを特長とします

貯蔵方法は、生酒は全量氷温貯蔵(-4℃から-10℃の冷蔵庫とサーマルタンク)で

大吟醸や純米吟醸酒、本醸造などの8割を越える特定名称酒は

全て5℃以下の冷蔵庫で貯蔵しています

その他の普通酒も10℃以下の蔵で貯蔵しており

全ての酒を炭素濾過せず、米や酒本来の旨味を大切にし

この蔵の思い描く万全の管理をしています



d0176160_14591618.jpg
  
  
  『南部美人 特別純米』

  南部美人の主力となる酒で
  地元の酒米「ぎんおとめ」で仕込んでいます
  若干メロンのような香りがあり
  軽妙な味の流れで豊潤なふくらみも感じます
  
[PR]
by yataiti1gou | 2011-04-21 17:02 | 日本酒


カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
たかやしろエステートブラン
at 2013-02-24 22:23
日置桜
at 2013-01-07 16:47
鷹勇
at 2012-12-16 17:07
鯉川
at 2012-11-30 00:20
さつまいも・蔓無源氏(つるな..
at 2012-11-23 01:03
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧